★ 現在を歩んで ★
クリエイター唄(wped6501)
管理番号144-3529 オファー日2008-06-17(火) 02:59
オファーPC ウィレム・ギュンター(curd3362) ムービースター 男 28歳 エージェント
ゲストPC1 チェスター・シェフィールド(cdhp3993) ムービースター 男 14歳 魔物狩り
<ノベル>

 肺に送られる空気はとても澄んでいるとは言いがたかった。先程から靴の裏で歩みを進める度、コンクリートに沈んだ瓦礫が小さな音を立てる。
 自分という存在が影にでもなってしまいそうな廃ビルの中、ウィレム・ギュンターは息を潜めて先を見た。数メートル前すら分からぬ廊下が目前に伸びており、まだ先があるのかと思えば眉間に皺が寄った。
 漆黒の髪に鋭い気配を感じさせる『魔物狩り』の素質を持った少年を見かけ、後をつけてから既に夕時を過ぎており、腕時計は既に十九時半を指している。
「遅いですね」
 まだ組織の管轄に入っていないここは、あまり長く居座るには向いていない。ウィレムは数時間前路地裏で見かけた姿を探しながら、人が居なくなってまだ浅い建物を足早に進んでいくのだった。

■ 交差

「仕事ですよ、さっさと電源を切ってくださいチェスター」
 朝から起動している自分と違い、チェスター・シェフィールドの一日は実に刹那的だとウィレムはつくづく、思う。
「ちょ、ちょっと待てって。 今セーブ、いや、もーちょっと後でもいいだろ?」
 銀幕市の一角にあるマンションの一室、白を貴重とした調度品の目立つ部屋の中は今時の女子高生が好みそうな縫いぐるみで彩られている。
 定番のテディベアは勿論、ウサギに猫、更にはこの市名物バッキー縫いぐるみまでが全色勢ぞろいで置いてあるのだから。ここは一つ玩具屋でも開けそうだ。
「チェスター……。 チェスター!!」
 何度言葉をかけても漆黒色の少年はテレビ画面から離れようとはしない。ウィレムとは正反対のビンテージジーンズに上はラフな白いシャツ、季節柄変わるチェスターの服装とは違い、自分はブラックラインスーツにボルドー色のネクタイ。挙句にはチーフまで見繕っていて、目の前の少年からはここ数日暑苦しいと大層不評である。
「仕事、です!! さっさと用意してください。 僕は下で待っておりますから」
 ぶちり。と、何かが切れる音がした。それはウィレムの堪忍袋の音か、或いはテレビのコードか。
「っ!? おい、ウィレムっ!?」
 正解はどちらも、である。実体化した映画の中とは違い、チェスターが彼らしい生活を送れる事実はある意味で微笑ましい。が、同じ場所から出た自身としては彼にもう少し仕事と私生活の区別をつけて欲しい。親のような思いを持ちながら、テレビ画面に映っていた鋼鉄の機械――実際チェスターがしていたゲームはシューティングだった――は立ちはだかる敵を倒す事無く消え失せたのだ。
「待てよ。 ってか怒るなよ! ……怒りたいのは俺だけど……なぁ!?」
 背後から少年らしい声が自分を追ってくる。何度かゲームの再生を試みたような機械音もしたが、生憎セーブされていないデータは消えたのだろう。声のトーンを落としながら軽い足音が後をついてくる。
「なんだよ。 仕事って……、あーあっち(映画)の中みてぇなのはお断りな。 で?」
 マンションのエレベーター内。一階を押してすぐに足の速いチェスターはウィレムに追いついてきた。
「何を今更。 仕事が無ければチェスター、部屋の縫いぐるみ代はどこから出てきていると思っているのですか?」
「いや、俺はべつに縫いぐるみが欲しかったわけじゃ……」
 働かざるもの食うべからず。この場合は遊ぶべからず、であろうか。言い訳がましい言葉に冷徹な視線を投げかけてやれば、黒い瞳は一階に下りるまで天井を泳いだ後。口をへの字に曲げる。
「で、何だよ? 依頼内容ってさ」
 軽やかなベルの音と共にエレベーターのドアが開く。チェスターの事だ、遊びたい気持ち最優先でウィレムについて来ているのだろうがこの際、それでも構わない。
「とにかく車に乗ってください、話はつくまでに終わらせますから」
 ウィレムの車に乗る時、チェスターはいつも渋い顔をする。映画『Likely fairytales〜But this is reality〜』の中に居た時からそれは変わらない。クラシック調にブラックが映える愛車に彼はいつも一言。
「そのだっせぇ車、そろそろ変えね?」
 勿論、変えるつもりは毛頭無い。


 対策課から依頼があったのは今朝のまだ早いうちからだ。
 ウィレムとしては既に起床し、身支度を整えた後に銀幕市の状況を把握しに出かけようとしたその矢先、携帯が小さく用件を知らせ始める。
『おはようございます、ウィレム・ギュンターさんで間違いありませんか?』
 口先で頷く自分と、ウィレムだけではないチェスターがある程度戦闘に長けている事を知った上で来る対策課からの依頼。まるで原稿用紙でもあるかの如く告げられる内容は、随分と慣れた世界を思い出させた。

「郊外にムービーハザード。 及びヴィランズが出たそうです、ハザードの規模は中規模程度。 ホラー映画『鎮魂歌』から実体化したそうですが生憎、ヴィランズとハザードは対と聞きましてね」
「はぁ? なんだそりゃ」
 チェスターが静かに依頼内容を聞いている。それだけで魔物狩りのスカウトとしては数点やりたくなるのだから、自分はどれだけ彼に慣れてしまったのだろう。ウィレムは目的地へとハンドルを切りながらそう思う。
「その映画を見た事もありませんし情報だけではありますが、屋敷そのものが意思を持って動いているそうです。 今回の標的はその中核を担う影を消す事。 他人を取り込むという意識しか持っていないそうですから、こちら(対策課)でも仕方ないという結論に達したそうですよ」
 『鎮魂歌』自体は現代ホラーと聞いたから、屋敷とは行っても城のような建物ではないだろう。実際対策課から来た情報でも、どちらかと言えばウィレム達が実体化した映画と似通った場所であると聞き及んでいる。
「屋敷、ねぇ……。 影はいわば魔物、ってわけか。 ん?」
「どうしました?」
 目的地はもうすぐだというのに、チェスターの顔は屋敷のくだりで怪訝に眉を潜め、思い切り『嫌だ』と顔に出していた。それは、確かに珍しい現象ではなかったが。
「それってつまりその影しかいねぇって事だよな?」
「正確には影の分身は居ますね。 ただ、人が。 という点では確かに居ませんが」
「廃墟、って事だよな?」
 そうです。視界はだんだんと暗くなり、そこから点在する木々が念を押すウィレムの邪魔をしている。
「……なんでそんな依頼受けてくれんだよ……ったく」
 隣からはチェスターのぼやきが聞こえてくる。それ自体はいつもの事ではあるが、彼は仕事が決まってから文句を言う類の人間ではない事自体、ウィレムはよく知っていて、横顔を一度見ると明らかに顔が『苦手だ』と語っていた。
 それでも、この先に件の建物があるのは明白で、白亜色に見える光が煉瓦のそれだと分かるや否や、ウィレムはゆっくりとブレーキをかける。そう、目前にはその半分が崩れかけ瓦礫と化した一見、人が住む場所とは思えぬ『屋敷』が二人を見下ろしているのである。

 以前、チェスターが『面倒な目にあった』と話していたのをウィレムは覚えている。まだそれ程経っていない、五月下旬の事だったろうか。相変わらずゲームセンター通いの若者はついに徹夜で銀幕市の遊技場に通い。その後にハザードに巻き込まれた。
「そのせいですか? 聞いた限りですと魔物一匹出ないような言われ方でしたから」
 車を降りてもチェスターは、頭を掻きながら腰に落ち着けた拳銃のグリップを触るだけで一言も口を開かない。
「まぁ……まぁ、な。 べつにひでぇ事があったわけじゃないし」
 つまり、チェスターとしては気に食わない事があったのだろう。ウィレムから何一つ問いただされていないというのに、彼はくぐもった声でそれだけ言うと連絡の為と差し出された通信機を手に取った。
「なら構いませんね。 屋敷の中では携帯の電波が届きません、少なくともこのハザードの中核に居る魔物を倒すまでは」
「りょーかい。 て事は分かれて探索って事だな?」
 チェスターが「またか」と言葉を紡いでいるのには、矢張り先の事件があったからだろう、笑ってやるしかない。
 ある種年相応の反応はウィレムにとって微笑ましい部分でもあるのだから。
「ええ、そうですね。 中規模程度、と聞いていたので二手に分かれる程とは思わなかったのですが……」
 見れば屋敷は確かに横に広く広がった一階と二階、三階はどちらかと言えば塔のように一本道にも見える。が、一階の出入り口はどうだろう。大きな石造りの扉と木製の、装飾が未だに美しさを保っているその、二つ。
「めんどくさい造りだな……」
「仕方ありませんよ。 映画自体が元はこの屋敷に住んでいる住人と前住人とのハプニングを描いた物らしいですから」
「なんだそりゃ?」
 簡単に言えば前住人というのは古く屋敷で生活をしていた亡き者達。『鎮魂歌』では住んでいる住民が主人公として活躍する、という至ってシンプルなストーリーではあるのだが、エンディング。変わらぬホラーの定番として、生き残った住民もいわく付きである屋敷の影となって終わってしまうのだ。
「石造りの扉は作品内の主人公が使用した扉、木製の扉は……」
「俺は石造りの方でいいよな?」
 ウィレムの返事を待たずチェスターは石造りの扉へ手をかけた。何の事はない、彼の思考回路は元の主人公が使っていた方ならば面倒事は起きないという、そんな魂胆だろう。
「……良いでしょう。 では随時連絡をお願いしますね」
「はいはい、分かってるって」
 石造りの扉は外見に反して軽いようだ。チェスターの細腕でも楽に開いた黒い空間に少年の身体は飲み込まれていく。
(何事も無ければ良いのですが……)
 チェスターの事だ、やられるなどと言う失態は無いだろう。が、短気を起こして疲労困憊になる心配を抱え。ウィレムは木造りの扉を開く。
 遠目から見れば豪奢な造りにみえるそれは、近くで見れば既に壊れた箇所がいくつもあり開くと同時にまた一部、人間の顔と思われる彫りが崩れていくのだった。

 ***

 以前廃墟の――とは言っても元は偽の廃墟だが――ムービーハザードに巻き込まれた時はもう少し空気からして安全な所があっただろうか。
「ったく、なんかの呪いじゃねーだろうな……」
 魔物狩りはそういう『悪いもの』を狩る者達の総称であるから、本来チェスターも呪いだの魔術だのに悪態をつく前に倒さなければならない、と自分なりに意識している。が、前回の廃墟ハザードで見たものはどうだろう。
 廃れ行く廃墟の空気は元が『やらせ』だっただけあり、良かった。林立したマネキンや旧時代のパソコン機器等を見るのも珍しく、そういった冒険心でならば十分楽しめただろう。問題は、その楽しい筈だった探索にチェスター達の獲物と認定してもおかしくはない、所謂『魔物らしき影』を見てしまったのだから、銀幕市で散々遊びを満喫していた自分としては憤りすら感じる出来事だった。
(くそっ、こっちでまた何かあったら……ウィレムただじゃおかねぇぞ)
 心の中でそう言っても、チェスターはウィレムに喧嘩どころか口ですら勝った試しが無い。しかも、何をしようがこの依頼が片付かなければ外出禁止でも言い渡されそうである。
 気を取り直してもう一度、屋敷内を細部まで見渡すが以前の廃ビルよりは幾分か整った内装であり、壁には煉瓦や壁紙の剥がれなど、むき出しになった場所が確認できるが手前に見える暖炉などは意外に朽ち果ててはいない。
 恐らく、この暖炉の向こう側がウィレムの入った入り口から入れる空間になっているのだろう。

「一階、異常無し。 っと、案外簡単だ……」
 無線機を口に持って行き、ウィレムへ向けて一声を発した直後。チェスターは全て言い切る前に口を閉ざす。
『チェスター、どうかしましたか?』
「い、いや……なんでもねぇよ」
 背中、主にシャツの襟を思い切り掴まれた。それだけではない、引っ張られるような感覚に一度喉を詰まらせたのだ。
 無線機から聞こえるウィレムの声は相変わらず涼しく、時折氷の砕けるような音が聞こえるあたり、あちらでは情報内にあった影の分身と戦闘を強いられているのだろう。チェスターの居る場所で居ないだけ幾分かマシか。そう思っていたのもつかの間で、一階から二階へ繋がる階段の横、壁にかけられている絵画達が一斉に。

 落ちた。

「っくっ、そぉ! まだ魔物の方がマシじゃねぇかッ」

 チェスターは見た。そして、すぐに逃げた。
 絵画達は一斉に床へ落下。したと思いきや、まるで一人の人間であるかのようにチェスターへ迫ってきたのだから、たまったものではない。
 ベルトから下げた拳銃を素早く取り出し、絵画の一枚一枚を狙うが、よく見ればその絵に描かれた人物は全員さして美しくもない、現代を思わせる風貌をした。あれはきっと、元の映画に出たという主人公達。
「ウィレム! 仕事の内容くらいしっかり話せよッ!!」
 だうん、と一発。青い炎を纏った弾丸がチェスターから発せられる。
 人ではない、絵画に命中したそれは元が絵という性質上炎上し、静かに落ちてゆくがそれでも、絵の中で微笑む事のない住人達はチェスターへ向かい炎を滴らせ向かってくるのだ。
(っちくしょ、キリがねぇっ! ここは二階に行くしかないな)
 足の素早さでは断然自分の方が上回っている手前、絵画如きに追いつかれる心配はない。
 何を求めて人を追うのか、見た目より広い一階を一周すればある程度二階への活路が見出せ、階段へと上がれば今度は胸倉を掴まれたような、ふいに前へ倒される感覚にチェスターは拳銃を握り締めたまま暗い廊下に身を引きずられ、ついには壁へ叩きつけられた。
「! ぐッ……、くそっ。 だから……」
 実体の無いものは嫌いなのだと、チェスターは思う。
 咄嗟の出来事ではあったが元が戦闘に慣れている為、叩きつけられる寸前に受身を取る事ができた。お陰か、酷い怪我には至っていないものの、迫り来る絵画と闇の中で蠢いている空気にあまり良い予感がしない。
 床を這い、煉瓦の破片で手を痛めては舌打ちをし、それでも三階への道を探す。屋敷の外観からして二階の何処かでウィレムと合流出来る筈だがこのまま待つという選択肢はチェスターに残されていないようだ。
「こっちだ! さっさとついてきやがれ……!」
 半ば自棄になりながらもチェスターは立ち上がる。
 服が少し破れてしまったかもしれない、それよりも自分の負った怪我の範囲も分からない。
 けれど、しっかりと立ち上がる事は出来る足が、暗闇の狭い視界を駆け抜ける。一本道、窓一つ無い屋敷だというのに蝋燭の明かりだけが不気味に灯り、その先の一番暗い壁に三階への階段は待っていた。

 だう、ん。だん。

 炎を含んだ銃弾が破裂音の如く廊下を滑る。
 焼け、崩れる絵画や肺を焼けつくすような空気は酸素を奪ったが、先を照らす十分な光にもなってくれた。
 チェスターはまだ戦える。拳銃の弾を口先で数えながら、言葉で軽い笑みすら見せ。
(? なんだ、こんな事前にあったっけ?)
 苦戦している自分。このままでは追い詰められるかもしれない、けれどそれに何故か安堵感すら覚えている。
 走馬灯にしては出来すぎていて、三階に飲み込まれたチェスターは「まさかな」と一言、既に光すら射さなくなった階でただ一人、大きな光を灯した。
「はっ、上等じゃねぇか」
 暗がりで瞬時に出来た光、これもチェスターが使用する能力の一つだ。精神力を消耗する故、今まで封印はしていたものの。
「手短に済ませてくれよ……!」
 三階に着いたのは自分が最初のようだった。天まで届かんとする天井にチェスターの光で照らされた魔物――いや、『鎮魂歌』で猛威をふるった影はその身体をうねらせた。

 ***

 一階は悪趣味な拷問部屋であった。並ぶ器具の数々は鉄の杭に関する物ばかりで、流石ホラー映画から出てきた屋敷であろうか。目の前の影達が一瞬にして凍りつき、砕ける様子を目で追って、ウィレムは二階へ駆け上がる。
(サイコホラーという所でしょうか? 面倒な仕掛けばかりを用意する)
 木製の扉を開けたウィレムを待っていたのはこの屋敷を統括しているであろう、影の分身達だった。
 扉を開けるという事は光を入れるという事だ。最初こそ、そのお陰もあってか分身達もウィレムを襲わなかったが閉めた途端、足から這い上がるように寄ってくる。
(この様子ですとチェスターより遅れた可能性は十分ありますね)
 唇を割って出る詠唱は短く、一面を銀世界に変えて二階へと上り詰める。蝋燭だけで明かりが灯され、曲がりくねった廊下のみという奇妙な構成の二階部分。
「光を消せば終わり。 ですが、灯った光さえ残しておけば雑魚の足止めが出来る。 ……と言ったところですか」
 二階の光によって、背後から詰め寄ってくる影の分身達が入り口でひしめいて居るのが分かる。もし、この廊下の蝋燭を全て消してしまったら敵は一斉にウィレムに襲い掛かってくるだろう。
 さして強い敵ではなかったが、影がこの屋敷に巣食っている以上。
(三階に主が居ればその力の供給になる場合を考えた方が良いでしょう)
 映画の内容からして、先住民対新住民だ。数人がかりで戦闘する場合、手を組むのが当たり前。何より、ラストでは主人公ですら取り込まれている。

「面倒ですね」

 口の端を上げて、ウィレムは手持ちのランスを自身の首へと滑らせる。チェスターと繋がっている筈の通信機も自分が二階に入る前、大きな音を立てたきりになっていた。
 一階は能力である氷を駆使するだけで十分、戦えた。二階は明かりを消さなければ敵はウィレムに手出しは出来ない。けれど、三階部分に光があるとは限らず、逆に主がこの屋敷の、今までに居た分身より力が強いと考えれば光によって実体を現し攻撃的になるという考えもある。
(チェスター、まさか……)
 二階の構造を紐解きながら進むのは、ウィレムだからこそ出来る行動だろう。
 人ではない者を後ろに控え、相棒とも言えるチェスターは気配から察するに二階にはもう居ない。となると三階、闇の中で生きている影が光に照らされ、彼に襲い掛かるようであれば。
(いくら手数が多いとはいえ、厄介な獲物に間違いないでしょう)
 息が白くなる。ウィレムの人ではない力がそうさせているのか、伸びた指先で壁をなぞってゆけば少しづつ、空気が漏れた箇所へと辿り着き、ランスを突き立てれば暗闇の中に数点、光る球体がもう一つの二階からこちらへやってきた。

「……ッ」

 チェスターの力だ。
 光は炎、ウィレムの居た空間よりも蝋燭の少なかったもう一つの二階。その三階へと繋がる階段から炎の粒は漏れ出ている。
 歩むよりも駆けて、足元を踏む。廊下も階段も石造りである為、廃墟になってから崩れ落ちた建物の破片が足裏に五月蝿い。
 距離としては短い、チェスターの事を考えれば長い距離を移動しながらウィレムの脳裏で、過去に見た漆黒の少年が通り過ぎた。
(――こんな事も)
 ウィレムが進むその先で少年がただ一匹の魔物に苦戦を強いられていた。黒く、顔の無い魔物は肉体に無数の血管を通しているのか、動く度に太いホースが呼吸をしている。
 絶対的に不利。いや、魔物と少年が戦えば苦戦どころか食われても当たり前だろう。けれど、あの時ウィレムが追っていた少年は違った。路地でふいに眺めたと思えば、魔物狩りとしての素質を感じずにはいられなかった、あの精神力。そうだ、自分が駆けつけた時少年は既に自らの能力を駆使し炎と光、何より――。

「チェスター! あまり光に頼ってはいけません! 僕がひきつけますから、その後に……」
「!? ウィレム……?」
 三階、天井すら上手く見えないその階でチェスターは彼の光で姿形をはっきりとさせた影に案の定、苦戦を強いられていた。影は暗ければ這いずるように生存者を侵食し、光を灯せば自分の敵として襲い掛かってくる。
 単純な構造だ。ウィレムがチェスターへ言葉を投げかけた直前、辺りを煌々と照らしていた光源が消えた。
 一瞬、息を飲みウィレムはランスに意識を集中させる。
 影には実体が無い、実体があるとすればそれは光で照らされている時のみ。
(チェスターの事です、そろそろ短気を起こしますかね?)
 笑みを零す。ウィレムの足元から影の侵食は始まっていて、氷を付属させたランスを実体の無いそれに差し込む。

「くっそ、待たせんじゃねー!!」

 息が上がっているのはチェスターの方だ。けれど、一度声を荒げたのはウィレムの方。吠えて、もう一度大きな光を生み出した彼は一度こちらを見た後、口元を緩めた。
「少しは物事を考えて動いてください!」
 ウィレムが闇の中、ランスを刺した場所には影が残っていた。それが光で実体を持ち始めた敵の足止めとなって巨体を引き止めている。
「……こんな時まで小言かよ……」
 至近距離に入る侵食を避けたウィレムはロケーションエリアを発動する。今まで三階には存在しなかった、凍てつく光をもって輝く月がチェスターの光と重なり完全に影の実体を捉えた。

 銀幕市に実体化する前と同じではない。全てが違う。住んでいた場所、通りに出た時に聞こえた喧騒。なにもかも違う中で、あまり変わらないチェスターの笑顔が見え、月の光を頼り彼の拳銃は太陽にも似た銃弾を放つ。
 白いシャツは何度も引き摺られたせいで黒くなり、整った顔にもそれは及んでいる。
(相変わらず、血気盛んなのですから)
 断末魔よりは大きく仰け反った影が次第に姿を小さくしていくのが分かる。その先で、チェスターはウィレムに向かい、膝を崩しながら大きく親指を立てた。

「GJ!」
 相変わらず、進歩に乏しいと思う。


 昼から夕方にかけて、と言ったところか。影という主を失った屋敷が消える前に外へ出たチェスターとウィレムは、クラシックカーの横でムービーハザードが消える様を眺めた。
「今度はしっかり情報、仕入れておけよ。 ウィレム」
 車体の側でべったりと地面に腰を下ろしたチェスターは上目遣いでこちらを見、まだ幼さを残す口を曲げる。
「チェスターも協力的になってくれれば、僕としても情報を多く聞き出せたのですけれどね?」
 最初からやる気の人物が相棒ならば、確かにウィレムも情報を仕入れやすいというものだ。受けるか、受けないか分からない相棒を持てば手に入れられる物も少ないだろう。
「とりあえず帰ったら服を着替えてくださいね。 あとシャワーも、夕飯ですが……」
「おいおいおいおい、ちょっと待った。 俺さ、ちょっと寄って行きたいトコあんだけど……」
 戦闘で汚れた服を、という考えは依頼以外では既にチェスターの母であり父であり、兄のように世話を焼くウィレムの癖だ。そして、その後にチェスターが相変わらず言いづらそうに、けれど堂々と口にする、彼の行動予定。

「ご自分の依頼料からどうぞ」
「え、ちょっ!? そりゃないだろ? ウィレム!?」
 車のドアを開け、キーを差込みウィレムは一言、そう告げる。いつも稼ぎ頭の自分が小遣いをやっている為、チェスターはぎょっとした表情で肩を揺らせ、目を見開いて車窓にしがみついた。
「折角遊べるんだからさ、いいだろ? なぁ、たまにはウィレムも来れば楽しいって絶対!」
 半ば懇願に近い言葉で自分から小遣いをせしめたい、というチェスターの試みは本当に少年らしい。だからだろうか、ウィレムはそんな彼の動作を無表情で眺めた後。
「仕方ありませんね、今日だけですよ?」
 根負けをした、そんな事は無いと信じたい。

 実体化をする以前、きっとあのまま映画が進んでいればもっと淡白な関係だったと思う。ウィレムとチェスターの関係は銀幕市に舞台を移し日々、形を変えている。
 それはいつ終わるか、冷めるか分からぬ一時の娯楽に過ぎないのかもしれない、けれど。記憶に残るのであればそれは永遠の楽しみなのではないだろうか。
 だから、今日もまた数十個という単位で二人が住むマンションには縫いぐるみが置かれる事になる。
 毎度常連のチェスターより主な縫いぐるみ収穫は意外と、ウィレムの方が多く取ったという、ゲームセンターの店員による噂は真偽の確かなところではないだろう。


END

クリエイターコメントウィレム・ギュンター様/チェスター・シェフィールド様

始めまして、ウィレム様。チェスター様はまた描写出来嬉しく思っております。唄です。
タイトルの現在は「いま」と読んで下さればと思いつけさせて頂きました。
今回、ウィレム様の初ノベルのようでとても緊張し、かつ矢張りお任せのお声に色々細部までかなり弄らせて頂きました。イメージ及び雰囲気に合っていると良いのですが。
ノベル最初の部分や、ちょっとした掛け合い。エンディング部分等、とても楽しませて頂きました。
少しでも気に入って頂ける事を願いつつ。また、シナリオ等でお会い出来るよう祈りつつ。

唄 拝
公開日時2008-06-24(火) 19:10
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